多谷千早
一つでも多くの命を助けたい
看護師になろうと決めたのは中学生の時。人の役に立つ仕事で自分にできるものは、と考えたら看護師だったんですね。人と直接関われる仕事に就きたかったですし、祖父母にかわいがってもらったのでお年寄りも好きでした。そして看護師の中でも自分はどんな仕事がしたいか深く考えていたとき、阪神淡路大震災が起こりました。テレビに映る、被災地で活動する看護師や救急隊員。たくさんの人を危機から救う姿を見て、私もああなりたい、救急の仕事がしてみたいと思うようになりました。一人でも多くの人の命が助かるように手伝いができれば、と。
入学した看護学校も、実習先の病院もとても厳しくて、勉強することも多く、実習先での仕事もたくさんありましたが、それでも働きだしてからの勉強量と責任は段違いに大きかったですね。学生時代の勉強は免許取得のための勉強で、教科書中心で具体性がないですが、病院で働いてからは、患者さんを直接見てどう処置するのか考えるので、全く別物でした。病気、薬、医療機器の扱い、ご家族様への接し方、吸収するべきことは多く、勤めてから3年目までは死ぬ気で勉強して、それでも足らないくらいでした。
「生きたい」というエネルギーを目の当たりにして……
看護学生の間も救急で働きたいという気持ちを持ち続けていたので、まず病院で救急に対応できる力をつけようと、集中治療室の募集を探して就職しました。希望かなって集中治療室で働き始めましたが、自分の力のなさに打ちのめされることばかりでした。技術も知識も足りず、目の前には生きるか死ぬかの局面を迎えている患者さん。お元気になっていただければよいのですが、亡くなる方もいて、それもお年を召した方が寿命を迎えられるのではなく、十代の若い人をはじめ幅広い年齢層の方が、病気や事故で急に命を落とされる。最初のうちはショックも大きく気持ちを立て直すのが大変でした。
集中治療室での3年間で、今まで自分が「患者さんを助けたい」と思っていたのはおごりというか、間違った認識だったのではないかということに思いが至りました。それまでは「私が助けてあげる」「看護し、与えることで病気が良くなる」と思っていましたが、そうではなく「患者さんの、人間の生命力、一人の人間が生きようとする力をサポートするだけ」なんだなと。
集中治療室で患者さんを看ていると、会話ができなくても体全部から「生きたい」というエネルギーが伝わってくるんです。患者さんの生きようとする力がないと、私たちの看護だけでは治りませんし、逆にどれだけ状態が良くない方でも、その力が強い方は助かることが多いと感じます。この人がもともと持っている生命力を引き上げるのが私たちの仕事だと思っています。マラソンランナーの並走者みたいなイメージでしょうか。私たちは患者さんの隣で足りないものを補ったり、環境を整えたりというサポートをする。治るのは患者さんの力です。
生きる力に寄り添う看護師に
今までは自分が現場で働きたいという気持ちが強く、実際に現場で働き続けてきましたが、主任補佐という新しい仕事をいただき、新人を育てるという役割、病棟を管理するという立場に変わりました。今ちょうど看護学生さんが実習に来ていて、初めての学生指導に挑戦しています。社会は日々変わっていますし、看護師に求められるものも昔と今では全然違います。医療が進歩するだけ勉強することも増えますし、医療が閉鎖的でなくなって、患者さんの意識も変化しています。権利意識も高く、ご自身の疾病に関して情報を得て、私たちより詳しい方もいらっしゃいます。それに適応できる後輩を育てなくてはと思っています。
やはり大事にしたいのは寄り添うこと。患者さんの生きるための能力に寄り添えたらなと思っています。集中治療室なら患者さんの生きる力を引き出すために異常に気付けなくてはいけないし、今後病気と長く付き合う方であれば、その人に残っている能力をフルに使って生きていけるように。患者さん自身が持っている力を最大限に引き上げる手伝いをするのが私の看護だと思っています。患者さんのベストな状態で生活していってもらえれば。この仕事以外は考えたことがないですし、そういう仕事を見つけられたのは幸せだなと思いますね。