特定医療法人健康会 京都南病院・新京都南病院看護師募集サイト

藍澤美乃

介護福祉士から看護師へ

15041もともと介護福祉士として高齢者施設で働くつもりでしたが、就職の際に縁があったのが知的障がい者の厚生施設でした。そういった施設には看護師が必ず一人か二人いるのですが、勤務先は80人の入所者に対して看護師が一人しかいませんでした。入所者が病院に行くときは普通施設の看護師が付き添うのですが、さすがに80人もいると一人ではついていけず、代わりに私たち生活指導員が付き添いをしていました。でも、医師の話を聞いて薬をもらうのですが、よくわからないんですよねやっぱり。
当時は施設の高齢化が進み、重い病気や再発の可能性がある病気を抱えた人もいました。生活指導員として介護福祉士という資格も持っていたのですが、病気のこととかはわからないし、薬も辞典で調べたけれど何に注意していいかわかりません。そこできちんとした知識を持ち、病気を持った人にどうやって対応するのがいいのか考えはじめ、看護の勉強をしようと決めました。

常に患者さんにとっての安楽を求めて

看護学校を出た時点では、知識はあっても技術がありません。以前いたような施設で看護師として働くことを考えていましたが、それらの施設は看護師の人数が少なく、一人に多くが求められます。机上の知識はあっても臨床の知識や技術がないので、まずそれらを蓄えなくてはと思い病院に就職しました
1年目の時に夜勤に入り、もう少しで消灯というときに「お通じが出にくいから浣腸してほしい」と言われたことがありました。もう夜で電気も消すような時間だし、申し訳ないけど次の日の朝まで待ってくれないかと、一緒に夜勤に入っていた先輩と相談して伝えたのですが、結局その患者さんは「しかたがないな」とおっしゃって、自分で車いすを使ってお手洗いに行かれました。
すると次の日師長さんから、その患者さんが「こういう対応をされて、私は2時間もかかってトイレに行ってすごくしんどかった」とおっしゃっていたと伝えられたのです。実際にかかったのは20分ほどでしたが、ご本人が2時間にも感じられたのは、それだけしんどかったということです。その時は、自分の対応をすごく考えさせられました。消灯前などの状況を含めたとしても、どう対応していったらその人にとって一番良い看護ができたのか、ということを考えせられる話だと師長と話し合いました。
今でも看護をしていて「あの時こうしたほうがよかったな」と思うことがありますが、それはこの時師長と話をして、どうしたらよかったのかきちんと振り返ったからだと思います。

日々の反省の積み重ね

15042一年目二年目に比べると、自分主体ではない、患者さん主体の看護とは何かが見えてきて、患者さんに対してどう対応するのがベストなのかを考えられるようになったと思います。できるだけ患者さんの意向に沿った看護を、言われなくてもできるような看護師になりたいと思います。例えば病状が進むと発話が少なくなる患者さんもおられますし、そのようなとき、何がこの方にとっていい事なのかが少しでもわかるようになりたいです。また患者さんのご家族の意思も汲めるといいなと思いますね。
患者さん主体の看護ができるようになれたと思ったのが遅いほうなのですが、そう実感できたことには、ターミナルケアを経験して、日々病状が変わる患者さんに対して、その時その時の最善の方法を探っていった経験が大きいと思います。日々の振り返りの積み重ねで身についた、患者さん主体の看護をこれからも続けていきたいと考えています。